生命の歴史の遷移は以下のようなものであると私は思っている。
遺伝子の奴隷(生命誕生から原始人あたりまで。)
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神の奴隷(人間が神を作り信仰し始めた時から17世紀あたりまで。)
↓
科学の奴隷(今がここ。18世紀くらいから21世紀くらいまで。)
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奴隷からの解放、および宇宙との協調。宇宙の一断片となる。(22世紀以降。)
このような大まかな遷移に関しては、他の天体で生命が発生し文明を持つに至った場合も似たようなことになると私は思っている。起きるタイミングは異なるだろうが。
生命が誕生して初めの頃は、とにかく生き延びて自分たちの遺伝子を残し、種を繁栄させることに徹するという「遺伝子の奴隷」状態だったのが、知的生命体に至ってしばらくすると「神」のような自分たちを超える存在を作り、その神の元に法を作りそれに従うようになり、いずれ科学が誕生し科学技術が発達し、皆が科学的に正しいとされることを信仰するようになり、そしていずれ科学が行き詰まったり、科学でできることが全てやり尽くされて科学的な見方だけでは乗り越えられない状況に世界が直面したり、科学技術を用いることで自分たちが滅びる状況に至ったりしたときに、科学だけを信仰するわけにも行かなくなる、というのは、宇宙のどこで生命の歴史が育まれたとしてもある程度は似たようなことになるのではないだろうか。
問題はその後どうなるかだが、それはその天体によって様々だろう。そもそも生命が誕生しない天体もあれば、ごく稀に生命が誕生しても例えば微生物しか生まれないなど「遺伝子の奴隷」の段階で既に生命が途絶えてしまう場合もあるだろうし、文明を持つ知的生命体まで行ったけれど「神の奴隷」の段階で終わる場合、「科学の奴隷」である最中に科学の用い方に関して致命的な判断ミスを犯して絶滅してしまう場合、いろいろあると思う。
運良く、あるいはその生命体たちの努力により、その先まで行けた場合にどのような状況があり得るのかは、まだそこに至っていない現段階の地球にいる我々には未知の領域だが、もしあるとすればそれは、やっと何の奴隷でもない状態、ただひたすらにこの宇宙そのものと調和し、この宇宙の断片でしかないようなフラットな状態なのではないかと私は思う。それはもはや生物であることも超えたような状態。
生命誕生に始まり遺伝子の奴隷、科学の奴隷など生命が経るステージはすべて、そこに至るまでの道筋なのではないかと思う。とすれば、この宇宙のどこかしらの天体が、必ずその生命から繋がる歴史の最終段階まで辿り着かなくてはならないのではないか。生命が誕生する天体自体、極めて稀なわけだし、おそらく生命が誕生しても微生物などの段階までしか行けない天体も多いのではないか。そして運良く文明を持った知的生命体まで行けたとしても、そうなればいずれ科学が誕生するはずで、科学的に様々なことがその知的生命体たちによって解明され、そしてその知的生命体たちは科学を応用し自分たちの文明を繁栄させていくだろうから、そうなるとどうしても自然と調和できなくなりバランスを崩して絶滅したり、自分たちの技術によって自分たちが滅びるような事態に陥りがちだ。そこを回避するのは、現在の地球の我々を見ても分かるようにかなり至難の業だと私は思う。
だから、科学を獲得し科学技術によって自分たちの思うがままに繁栄した知的生命体であっても、自分たちの便利さや自分たちの繁栄だけでなく、生命から続く歴史の次の展開も視野に入れた上で、次の段階に至ることができるような極めて賢い判断をした生命体たちのいる天体だけが、その先へも進めるのだろう。そしてその天体が、最終的なステージを切り開くのだろうと思う。
地球がその段階に至る天体たちの仲間に入ることを、私は切に願っている。その天体の生命体あるいは生命体が生み出したロボットなどが、この宇宙で起きるべき次の必然を引き起こし、この宇宙を次の段階へと進めるのだろうから。
2018年4月/5月 間アイ
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