科学技術の進歩の速度と生物の進歩の速度は同期しない。
科学技術の進歩はどんどん加速する。一定ではない。でも生物の生物としての進化は、科学技術が進歩したからと言ってそれに合わせて同じスピードで進むわけではない。そのズレが今、どんどん広がっているように思う。技術の進化するスピードが加速すればするほど、ほんの少しずつしか進化できない人間は、それとズレていく。そのズレ幅がどんどん大きくなる。
今ちょうど地球の知的生命体は、自分たちが生み出す技術と、生物としての自分たちの心とが一致していない時期を迎えているように思う。
技術だけはどんどん未来に向かっていく一方、自分たちの心は原始人の時と何も変わっていない、もしくは生物としての自分たちの態度は、生物がこの地球に誕生した時から何も変わっていないのではないか。でも自分たちの生み出す技術はそれを超える域に達していく。そんな生物としての原始的な態度では到底使いこなせない段階にまで達していく。
人間は生物だから、「生き延びよう」という本能が備わっている。生物ならば根本的な欲求として「生き延びたい」というのがあるから、死ぬ方を選ぶか生き残る方を選ぶかという選択に迫られた場合は、通常は「生き残る」ほうを選ぶだろう。何も考えず生物としての本能だけで選択するとしたら、そうなるはずだ。
ならば、例えば自分が病に罹り「このままだと死ぬ、でも再生医療を使えば生き延びられる」となれば、その最先端の医療を使って生き延びるほうを選ぶのが生物としては当然なのだろう。あるいは「特定の病気に罹らないように予め遺伝子自体を変えられる、そうすればほとんどの病気に罹らなくて済む」となれば、できるだけ健康に生き延びるためにそうすることを望む、ということも生物の判断としては有り得るのだろう。あるいは体内に小さなロボットを注入して、身体に異常があった際には自動的に治してくれるというような技術が現れれば、それを使うということも考えられる。
とにかく「生き延びたい」と思えばもう、いくらでも生き延びる技術は登場するのだから、生物としての生き延びようとする意思を優先させるならば、そのような技術を自分たちが生き延びるために使うことになるのだろう。ゲノム編集でも再生医療でもロボット注入でも何でも使って、我々生物は今までより格段に生き延びられるようになるのだろう。
だけれど、もしそれを皆が使ったら人口が増えすぎて全体が持たなくなる。世代交代もできなくなり、進化がそこで止まってしまう。地球に居られないくらい人口が増えたら巨大な宇宙ステーションに移り住めば良いと考える人もいるだろうけれど、地球で長年進化してきた我々が地球と全然重力のかかる度合いも環境も違うところでどれだけ生き延びられるのか。生き延びたとしてもそれが我々にとって幸せなことなのだろうか。人口が増えすぎれば当然、食料も足りなくなる。動植物を使った天然の食材が無くなっても、科学技術で人工的に食料を無限に生産することは可能かもしれないが、そんなことをして科学的に作られたものを食べて生き延びたところで、それが私たちの望む未来なのだろうか。
本当にそれを望むのなら、いくらでも生き延びて増え続け、巨大な宇宙ステーションにでも移住し、食料をロボットに自動生成させ、永久にその空間内で暮らせば良いのだと思う。でも私はそんなことをするよりも、地球全体の環境や生態系の秩序を壊さない程度に人間から先の進化が遂げられることのほうを望む。そのためには人間がこれ以上増えてはならない。もう今の段階で人間は増えすぎているのだから、生態系全体のバランスを人間が崩している。
遺伝子を改変したり、機械と身体を繋げたりするような、人間から先の状態へ進化する個体は一定数いる必要があると私は思っている。だから私は決して、科学技術による人間への人工的な施しを止めれば良いと思っているのではない。ただそれは、一定数で良いと思うのだ。今生きている天然の人類である我々が皆、どこまでも生き延びることを望んだのなら、全体が破綻する。一部にはそういう人もいて問題ないかもしれないが、あまりに増えると地球の生態系全体に影響し、私たち自身も破綻するだろう。
私はそうなることよりも、きちんと人類から繋がる次の存在へと、生命およびロボットの歴史が受け継がれていくことの方が遥かに優先されるべきと思うから、私はいつまでも生き延びるよりある程度の段階で自然に死にたい。もう数十年で、科学技術の進歩により誕生する、人類から進化した次の存在は現れるだろうから、もうある程度そういう人工的な人類が登場した時点で、私のような完全に天然の人類の役目はだいたい終わったと捉え、その新しい生物達に地球の今後の展開を託したい。もう私はそこまで来たらそれ以上は生き延びなくて良い。
だからもう、ここまで科学技術が発展し、自分たちがどこまでも生き延びられるくらいになったのなら、もう生物としての状態から脱しないといけない。その段階に来てもなお、生物としての根源的な欲求である「生き延びたい」という本能を優先させてしまったら、もう時代と合わなくなる。次々と登場する技術に対して、それを使う生物の側の状態が噛み合わなくなる。
2018年1月 間アイ
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