蚊がいる意味

人間をいちばん殺している生物は、蚊だよ。蚊に媒介される病気がいっぱいあるからね。

それゆえ、「蚊は死に至る病気を媒介するから根絶したほうがいい」とか「蚊が病気を媒介しないように蚊の遺伝子を変えたほうがいい」とか考える人がいる。実際、最近のゲノム編集の技術によって、特定の病気を媒介しないように遺伝子が書き換えられて、その子孫の蚊の遺伝子まで書き換わる蚊はもう出来上がってしまってるけどね。もしもその蚊を外に放ってしまったら、数年でもう地球上のほとんどの蚊の遺伝子が変わってしまうのだそうだ。でも、そんなことしたら終わりだよ。

あのね、蚊の遺伝子は、絶対に変えちゃダメ!薬物以上に、ダメ!絶対!そんなことしたら地球の生態系全体が狂い、元通りにできなくなる。蚊のせいで私たち人間の多くが殺されているのにも理由があるはず。蚊は、きっと怖い病気を媒介することで生物全体のバランスを保ってくれてるの

人間を一番殺しているのが蚊であるならば、人間を殺さないように蚊を変えてしまったら、当然ながら人間がものすごく増えることになる。そうなると人間が生き延びるために必要な食料も膨大になるし、住む場所もよりたくさん必要になる。人間の数が多くなるだけ、廃棄物も出るから環境の汚染もより激しくなる。そして蚊は人間だけでなく動物も刺すので、他の動物にも影響する。これまで蚊が媒介するウィルスによって弱ったり病気になったりしてきた多くの動物が、蚊の遺伝子が変わることで一切蚊の影響を受けなくなったら、その動物の数も増えることになる。すると、その動物たちが生き延びるための食料が必要になるから、その動物たちの餌となっていた他の動物や植物が少なくなってしまう。すると、人間や大きな動物を支えてきた小さな生物や植物が足りなくなって、全体のバランスが狂ってしまう。

人間は食物連鎖のトップに立っているから、人間を日常的に食べる生物がいない。ということは、そのままだと増え過ぎてしまうから、何かしら人間を殺すほどの威力を持っている生物が地球上にいるのではないの?

本当に蚊が必要ないのなら、もうとっくに蚊は地球上から自然淘汰されているはずだよ。でもまだいるってことは、必要だからだよ。何か重要な役割を担っているのだよ、きっと。

蚊に限らずダニなどのごく小さな生物や、菌類などの分解者たちは絶対に、一番変えちゃダメな類だと思うよ。少なくとも人間にとって都合の良いように勝手に変えるのはダメ。一匹だけゲノムを書き換えるのならべつにいいかもしれないけれど、子孫まで変わるようにして全体を書き換えるのはダメ。人間は多少変えてもそのせいで全体が狂うわけじゃないけど、多くの種類の生物に影響をもたらしているような小さな生物や、生態ピラミッドの最底辺で全体を支えているような生物たちを変えたら、生態系全体が狂う。だってその生物たちは地球の生物全体の営みを支えているのだから。全体に関係するから。

ごく最近になって出てきたばかりの人類に、何億年も地球環境に必要とされ続けてきた大先輩の生物たちを変えて大丈夫かどうかなんて、判断できるわけないじゃん。判断する権利もないじゃん。だって蚊や蚊が運んでいる菌の皆さんのほうが偉いんだから。人類はごく最近出てきたのであって、地球のすべての生物のなかで一番後輩だよ。一番、いま現在の状況だけを見て浅はかな判断をし兼ねない新人の立場だよ。

現在見つかっている限りで一番古い蚊の化石は、1億7000万年前のものだそうだ。菌類だったらもっとずっと前からいっぱいいるしね。人間はせいぜいここ700万年でしょ。それより遥か昔から、蚊はこの地球の営みに必要とされてきたのだよ。それを、たった一時、我々にとって邪魔だからという理由で勝手に変えていいわけがないよね。

人間にとっては蚊は必要ない存在かもしれないけど、地球環境全体から見たら、むしろ蚊よりも人間のほうが必要とされてないよ。生物全体の中で、蚊や、その蚊が媒介する怖いウィルスのほうが、地球全体にとっては遥かに必要とされ続けているよ。それをもっと自覚したほうがいいと思う。

それを自覚しないで、自分たちが自分たちの良いように地球環境全体をコントロールできると思うのなら、それは自分の状況が見えていない裸の王様状態の独裁者と同じだよ。

実は自分が一番、必要とされていなくて他の皆からいなくなってもらいたいと思われているのに、自分では自分が全体を支配できていると思い込んでいるような独裁者と同じだよ。そして、自分に都合の良いように好き勝手に周りをコントロールして、いくら皆から嫌がられていても、いつまでもその座にしがみつこうとしているのと同じだよ。それならフセインとかカダフィとかキムジョンウンとかを批判する資格ないと思う。これは自分を含めて、自戒も込めて言ってる。

とにかく今地球上にいる生物、特に大昔からずっと居続けているような生物は、みんな何か理由があって今もこの地球上にいるわけで、何か役割を担っているはずなのだから、たとえ人間にとって都合が悪い生物がいても、人間にとって都合良くなるように勝手に遺伝子を変えて良いわけがないということ。

人間は、地球全体のなかで自分たちが一番嫌がられている存在なのに、地球全体をコントロールできると思い込み過ぎ。それは頭が良くて自由自在に自然の一部を変えられるだけのテクノロジーを手に入れた事と、地球全体のなかでの自分の立場を自覚できるほどには頭が良くなかったっていう事が原因ね、きっと。もしどこかの星にもっと頭のいい生物がいたら、きっとそう思うんじゃないかと思うよ。

もし、蚊を根絶させたり、蚊が病気を媒介しないように蚊の遺伝子を変えたりするのであれば、それをした瞬間に人間は、自分たち自身で自分たちを絶対に増やさないようにするという賢さを一瞬にして身に付けなければならないよ。

だって当たり前じゃん。これまで自分たちの種を最も多く殺してきた生物を、自分たちを殺さないように変えるわけだから、当然いままでよりずっと自分たちが死ななくなる。ならば自分たちで自分たちが増えないように厳重に管理しなくてはならなくなる。それを考えずにただ蚊の遺伝子を変えて自分たちが殺されないようにだけして、増え過ぎないようにする対策を立てなかったら、当然、いずれ増え過ぎてどうにもならなくなる。そうなれば自分たちがどうにもならなくなるだけでなく、他の生物たちや環境全体に甚大な被害をもたらすことになる。地球の営み全体を狂わせる。今すでにそれに近い状態だとしても、そんな程度ではなく、もっと爆発的に狂わせることになる。

もし本気で「蚊を根絶させたい」とか「病気を媒介しないように蚊の遺伝子を変えたい」と思うのであれば、そう言っている人たちはぜひ、そのことを徹底的に考えてからやってください、と私は言いたい。そんなことをして自分たち人類が、自分たちではどうにもできないくらいに増えたり、他の生物のバランスを崩して生態系を狂わせ元に戻せなくなったりしたとき、責任が取れるのですか?本当に蚊を根絶させるべきと思っている人や蚊の遺伝子を変えるべきと思っている人たち、そして実際にそういう研究をしている専門家に、私は言いたい。専門家なら、「技術的に可能だ」ということを言うだけとか「技術的に可能ならやる」というのではなくて、それをやった場合に責任が取れるのかどうかまで考えてください。自分たちに責任が取れないのなら、自分たちの技術を地球の営み全体に影響するようなことに使わないでください。まだその蚊を外に放っていないから良いということでもないと思います。もうそういうことをしてしまっているという時点で大変なことだから。机上のままでいるのと、実際に出来上がるのは違う。専門家以外の人は、技術的に可能だとしても出来上がっていなければあまりリアリティを感じないけれど、もう実際に出来上がってしまっていたら、急激にリアリティが増すの。「本当に蚊が病気を媒介しないようにできるんだ!じゃあやろう!」と思う人たちが増える。

よりリアルなことを言うと、「蚊を根絶させても無駄だと思うよ」と、蚊を根絶させようとしている人たちに言いたい。

なぜなら、蚊を根絶させたり蚊が病気を媒介しないようにしたら、たぶん、私と似たような考え方の人でそういうことに詳しい専門家あるいはそういう専門家を雇える人が、極秘に蚊と同じくらい人間を殺せるウィルスなり、それを媒介する生物なりを人工的に作ると思うから。そしてそれを外に放つんじゃないの?だってもし人間が、自分たちを一番殺している生物を改変して絶対に自分たちを殺さないようにしたと同時に、自分たちで自分たちの数を管理し、殺されていたときと同じくらいの人数を保てる状態にならなかったら、また何かしら、全体のバランスを保つために殺す立場の危険な生物が必要になってしまうもの。

特定の生物の遺伝子を変えて病気を媒介できないようにする技術があるということは、もうそれだけ遺伝子操作の高度な技術があるということなのだから、逆もできるんじゃないの?今はどうだか分からないけれど、将来的に遺伝子操作でそういう生物を人工的に作れて全然おかしくないと思うよ。今だって生物兵器とかはあるんだしね。

それとは別の話かもしれないけれど、情報の世界でも、どんなにセキュリティー対策をしてもハッカーとか新しいコンピュータウィルスを作る人たちがいるでしょ?それと同じような事が、遺伝子操作の世界でも起きておかしくないと私は思うよ。

それから、そんな人工的なことをしなくても、自然の側が許さないと思うよ。そっちのほうが本質的な話だと思うけど。

いま人間のせいで地球の生物の大量絶滅が進行している最中で、他の生物や自然環境からすれば人間は地球上の生物のなかで一番迷惑な存在なのだから、その人間という種族をこれまで一番殺していた生物が絶対に人間を殺せなくなったなら、何かしらそれに代わるものを自然界が新たに出してきて全然おかしくないと思うよ。人工的に作らなくても、もし人間が増え過ぎたら、地球環境からしてみれば今度はもっとたくさん殺さなきゃいけなくなるわけだから、人間を殺すのに今の蚊よりもより強力な生物や、人間にとってより恐ろしいウィルスなどが自然と新たに登場するのではないかと思う。だってそうならないと地球全体のバランスが取れないわけだから。

地球は、人間だけのために活動しているわけではないから、人間のことだけを考えてくれるわけではない。地球は、人間も含めて全ての生物や環境全体のバランスを保つことを選ぶ。

だからどっちみち、自分たちの都合のいいように変えようとしたって無理だと思うよ。そんなことをして無駄に自分たちや他の生物たちや環境に甚大な被害をもたらすくらいなら、最初からそんなことやらないほうが賢明だと思うよ。自分たちに都合いいように自然を変えようとすればするほど、人間だけにとっていいようになって全体のバランスが悪くなり、自然の側が何とかしてそれを阻止して全体のバランスを保とうとするから、人間がより厳しい状況に追い込まれることになるだけだと思うよ。

「蚊を根絶させたほうがいい」と言っている人のほうが、自然の摂理の側から「根絶したほうがいい生物」と見做されていると思う。そして本当に根絶させようとしている人は地球の側から、「あなたたちのほうが根絶されようとしているのに、そのことに気づいていないのね」と言われるのだと思う。






本文は以上だけれど、私は蚊のゲノム編集につては本当に深刻な問題だと思うから、もう想定できる反論にはここで答えておきたいと思う。


「蚊が媒介する病気によって殺された当事者ではないから言えるのだ。実際に家族が蚊に殺されていたり、自分が蚊に媒介される病気で今死にかかっていたら同じ事が言えるのか?」とでも言う人がいるかどうか分からないが、そういうことを思う人は、個人と全体の区別が付いていない。

もちろん身近な人が蚊によって殺されたらそれは辛い。でもその時に思うであろうことは、「蚊が病気を媒介しないようにすべての蚊の遺伝子を書き換えればいい」とか「蚊を根絶させよう!」とかではなく、「そういう蚊に刺されないようなスプレーか何かで、刺されることを防げていたら良かったのになあ」ということだと思う。たとえ蚊に殺されても私は、蚊それ自体を変えたいとは思わない。だからと言って「いくらでも刺されてOK!殺されてもOK!どうぞー」ということでもない。私は、蚊やウィルスと「戦い続ける」ことを選ぶ。

その蚊と戦って、戦って、とにかく刺されないように気をつけるとか、刺された時の対処を考えるとか、そちらの道を選ぶ。ウィルスや蚊など、人間にとっての敵のような存在は、消そうとしたり、こっちの都合で変えたりするのではなく、人間もウィルスもそれを運ぶ蚊もいる限り、最後まで戦って戦い抜いて、互いにずっと持ちつ持たれつの関係を保たなければならないと思うから。

「蚊の存在を認めているのに、蚊を嫌って蚊に刺されないようにするというのは矛盾している」と言われるかもしれないが、個人が刺されないように予防したり刺された後の治療をするというのと、蚊という種族自体を根絶させたり蚊という種族全体の遺伝子を書き換えるのは全く意味が違う。

私は、蚊は必要だと思うから、蚊の存在は絶対になくなってはいけないと思う。でも蚊は嫌いです。重要なのは、「敵である蚊をずっと敵として尊重する」ということ。嫌いだけれども必要性は認めるということ。人間と蚊は、互いに殺したり殺されたりしているけれど、どちらもなくならない。これからも「ずっとその関係を続けていく」ということです。

幼い子供には、それはバイキンマンとアンパンマンの関係だと説明すれば伝わりやすいかもしれない。アンパンマンの物語のなかでは、絶対にバイキンマンは消えることがない。なぜかというと、アンパンマンにとって、バイキンマンは必要だからです。ばい菌とは違うけれど、パンを作るにはほんの僅かな菌が必要です。

それはイースト菌だから食品に使って問題ないけれど、食品に悪い菌が付くこともある。だから菌との戦いも消えない。これは私が勝手に言っているのではなくて、原作者自身にそういう考え方があるんです。「食品とばい菌の、戦い続ける関係性は永久に続く」と。だからバイキンマンはいなくならないんです。バイキンマンを根絶させてしまったら、アンパンマンも生きていけなくなるのです。

菌の中には人間を殺す怖い菌もある。でもそれも必要だからこの世界にあり続けているんです。それを媒介する蚊などの生物も必要。だから、たとえ自分が蚊によって殺されたとしても、蚊自体がいなくなればいいとは思わない。個人的には蚊によって殺されたらとても悔しいけれど、でもそれは、蚊との戦いに負けたということであって、蚊をなくせば良いということではない。むしろ、自分が戦いに負けたからと言って戦った相手のほうを根絶させるなんて、ずるいと思う。それはフェアじゃない。生物達みんな、ほかの生物や環境と戦って生き抜いているのだから、人間だけ人間に都合悪い相手となる生物をなくしてしまうなんて、自然の営みからすればルール違反というか、失格ということで地球環境から追い出されてもおかしくない。

地球上の生物はみんな関係性を持っていると思うから、一部の生物だけが何の危険にも晒されない完全に安全な状態を確保するというのは間違っている。地球上の生物のすべてが、常に他の生物と戦ったり、脅かしたり脅かされたり、食べたり食べられたりして影響し合い、全体が連鎖することで地球の営みが成り立っているのだから。人間だけがそこから逃れるわけにはいかない。人間が自分たちだけ何からも殺されない安全地帯に逃れようとするのならばそれは、自ら地球全体の営みから外れようとしているということ。自分から、仲間はずれになることを選んでいるということになる。蚊やウィルスとの戦いを止めたら、人間はこの地球上の生物全体の輪の中から退場させられることでしょう。私はそういう状態には決してなりたくない。だから、たとえ自分が蚊やウィルスに殺される危機に晒されることがあろうとも、蚊を根絶させることは望まない。私は最後まで、私を殺そうとする全ての生物たちと戦い続けたい。なぜならそれが、この地球の営みに参加させてもらえているということだから。それが、地球のすべての生命とつながっているということ、その仲間に入れてもらえているということだから。


2018年9月〜10月 間アイ



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